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水戸地方裁判所 昭和37年(わ)74号 決定

被告人 少年K(昭二〇・三・三〇生)

主文

本件を水戸家庭裁判所に移送する。

理由

本件公訴事実は

被告人は

第一、茨城県日立市○○町××番地所在株式会社○○製作所○○寮二階二号室に居住する工員であるが、同寮においてはラジオ一台を各室一週間交替に使用することと定められて居り、昭和三十七年二月二十六日は丁度被告人自室である二号室の順番であつたので被告人は同日午後九時過ぎ頃二号室においてラジオを聴取していたところ、隣室一号室の○橋○(当時十七年)が順番を無視して右ラジオを勝手に持ち去ろうとしたため、被告人並びに同室の○竹○良がこれをとがめるや被告人は却て頬部を一回殴打された挙句右ラジオを持ち去られたうえ、木刀を携えて二号室に引き返した右○橋に○竹が「今云つたことをあと一回云つて見ろ」等と因縁をつけられるのを見て、その横暴さに憤激しラジオはどうしても取返えしたいと考え○橋が木刀で殴りかかつて来た場合の用心のため手製の刃渡り約十二・九糎の刃物を携えて一号室に赴いたところ、右○橋が不在であつたので事なく右ラジオを取り戻して二号室に持ち帰つたが間もなくこれに気付いた右○橋が再び右ラジオを持ち去ろうとしたためこれをとがめるや右○橋に胸倉を掴まれて同寮前道路上に引き出され同所で「お前なんだ。後から来て生意気だ。」等と恕鳴られたうえ胸を蹴り上げられたため前記刃物を振りまわし威嚇のため大腿上部等に軽傷を負わせたが同人がこれに恐れをなさず、更に左肩を殴上げられ顔面を二三回殴打されたので激昂し勢の赴くままかかる鋭利な刃物で腹部を刺せば相手は死亡する場合もあることを認識しながら敢てこれを認容したうえ右刃物を以て一回右○橋の腹部を力一杯突き刺し、よつて同人に対し横行結腸間膜動脈並びに間脈切断の傷害を負わせ、同日午後十時十六分過ぎ頃同市△△町××番地△△製作所○○総合病院において右傷害に由来する失血により死亡するに至らしめてこれを殺害し

第二、正当な理由がないのに前同日時頃前記○○寮前路上においてあいくち類似の刃物一振を携帯し

たものである。

と云うにあり、右事実は一件記録によりこれを認めることができる。右第一の事実は刑法第百九十九条に、第二の事実は銃砲刀剣類等所持取締法第二二条第三二条第一号に各該当するものであり、その犯行の態様、結果の重大性からすれば刑事処分に付して被告人の責任を問うべきものと云うべきところであるが被告人は本件犯行当時十六年十一月現在十七年三月の少年であり、末子として両親等に甘やかされて育つたためか年齢に比してかなり小児的な性格か形成され、その精神内容は幼稚で情緒的な豊さがなく、刺戟に対する知的制御力乏しく、小児的な暴力的傾向を有し、又その社会性は未発達の状態にあるが両親には従順で、仕事も根気よく真面目に為し平素は特に問題行動はない。

本件犯行に使用した兇器は同僚工員が多数ナイフを造つているのを見て何気なく造つたもので、かかる兇器の製造は客観的には危険性の大きい行為ではあるが、ナイフの製造を以て直ちに被告人の反社会性の強い表現となすことはできず、むしろ無目的な人真似行為を通じてその小児的性格が表現されたものと見るのが相当であり、本件犯行は前記の様な被害者の挑発的な態度に誘発されたものであり、刄物を持出したのも元来は被害者の暴行に対し被告人の身体的腕力的劣勢を補うとする単純な防禦的目的であつたのである処被害者の態度が刺戟となつて被告人の潜在的な小児的暴力的傾向が知的制御力の乏しいまま爆発したものである。犯行については深い心因はなく、その暴力的傾向も反社会的性格として固定しているものでなく、その成長と教育により性格的な小児性の解消、社会性の発達に伴つて治癒されることが期待できるものであり、又本件犯行直後自発的に自首し改悛の情の存することが認められ、一方被告人の家庭は堅実な中流の農家で保護者に保護能力が認められ家庭環境は良好であり保護者は本件犯行後被害者の遺族に対してある程度慰藉料を支払い、遺族との間に示談が成立して居り、遺族の被害感情もある程度宥和されたものと認められ以上の如き諸事情を綜合勘案すれば、被告人の如き小児的な社会性未発達な者に対しては刑罰の教育的効果は期待し難いのみでなく、刑事処分に付することは逆效果をきたす恐れが多く、むしろ、その小児的性格を矯正し社会性を発達させると共にその規範意識の育成を計り、贖罪の途を歩ませるため保護処分に付するを相当と認める。よつて少年法第五十五条を適用して本件を水戸家庭裁判所に移送することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 小倉明 裁判官 竜岡稔 裁判官 武田平次郎)

別紙

受移送家裁の決定(水戸家裁 昭三七・七・二六決定 抗告無 報告四号)

主文

少年を中等少年院に送致する。

押収してあるあいくち類似の刄物一振(昭和三七年押第一三九号の一)を没取する。

理由

(罪となるべき事実)

少年は、

第一、昭和三十七年二月二十六日日立市○○町××番地株式会社○○製作所○○寮前路上において、○橋○(当時一七年)を殺害するにいたるかもしれないことを予見しながら、所携の刃渡り約一二・九糎のあいくち類似の刃物をもつて同人の腹部を突き刺し、よつて同日同市△△町××番地の△△製作所○○総合病院において、出血のため死亡するにいたらしめて殺害し、

第二、業務その他正当な理由がないのに、同日右○○寮前路上において、刄渡り約一二、九糎のあいくちに類似する前記刃物一

振を携帯し

たものである。

(適条)

第一の事実は刑法第一九九条に、第二の事実は銃砲刀剣類等所持取締法第二二条、第三二条第一号に該当する。

そこで、その罪質及び情状に照し少年法第二四条第一項第三号、少年審判規則第三七条第一項、少年院法第二条を適用して、少年を中等少年院に送致することとし、なお押収してあるあいくち類似の刃物一振(昭和三七年押第一三九号の一)の没取について、少年法第二四条の二第一項第一号、第二号、第二項を適用して、主文のとおり決定する。(裁判官 武田平次郎)

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